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英国園芸日記

Power of the dog

下記を読み、久しぶりにどうしても見たいと思った映画。ネットフリックスでの公開。

菊池成孔氏のコラム及び以下を読むとネタバレします。

21世紀の作品は結末がわかっていてもなお自分で体験したくなるものを観賞するのがいいと思います。

 

realsound.jp

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菊池さんの批評を踏まえて私が思ったこと。

 

ベネディクト・カンバーバッチは、変人が我慢する役ばかりやっている役者である。そして、見る側が共感できる変人であるのもお約束。だからこのフィルも、悪人じゃないだろう、と思ってはじめからみてしまうので、その点で私には「逆転」は起こらなかった。

 

しかしそれでも少しずつ細かい謎が明らかになっていく過程がめちゃくちゃ面白い。かなり集中して観て、終わってからも何かを見落としている気がして、また観たくなる。そういう映画はあまりない。

 

フィルが自分の部下の一人に覆いかぶさってロープづくりをしている、一瞬のコマがあるのですが、これがずばりセックスしているように見える。本当に少しの間のシーンなのですが。

 

フィルがいつも身に着けている革製の作業ズボン(名称がわかりませんが)のせいで、人間に混じってモビルスーツの人がいるみたいに異様に見えるのだけど、これもそんな風に見えるように撮影しているに違いない。フィルは5億光年くらいの孤独の中にいて、モビルスーツ着て自分を隠している。

 

葬式のため、全てを外して髭を剃ってみると、何とも繊細な顔が出てきて、しかも少し微笑んでいるので、何もかも納得して死に、解放されたのだろう・・と私は受け取りました。やっぱりいい役ばっかりやりますね、カンバーバッチ。

 

そういえば超でかい人なのに、この映画では全然高身長に見えなかったな。周りの俳優も背が高いのもあるし、荒涼とした巨大な自然の前で人間は点になるということか・・。

 

いろんな読みときができると思いますけど、無知は罪、偽りは罪、なのではないか。

原作を読んでいないのですが、書かれた年代からして、たぶん小説ではフィルは一方的にいやなやつで、ローズやピーターに圧をかける・・と言う感じなんじゃないかと思います。

 

しかし実際にダメなのは、なんだかんだ言って俗物で奥さんに関しても実は何にもわかってないしわかろうともしていない弟のジョージであり、またその妻のローズも、弱いようで被害者っぽくふるまっていますが、自覚のないまま息子と二人して前夫を死に追いやった「犯人」であるともいえる。こういうタイプの人には全然同情できないね。

 

そしてフィルはフィルで「ブロンコ・ヘンリー」の亡霊に取りつかれていて、そこから抜け出すことができない。直截に言ってしまえば、当時の環境でゲイであることは絶対に公表できないし、自殺行為ななかで、唯一の恋人がブロンコヘンリーだったわけです。その人も遠い昔に死んだ。

 

というわけでお金はあっても使い道もなく、知性があってもそれを受け止めてくる相手もなく、もちろん愛もなく、孤独で、働くしかない。それはフィルだけでなく、他の人たちも同じ。その寒々しさ。

 

結末に関しては、いろいろ考えられる。

なぜピーターは、犯行の道具であるロープをジョージのベッドの下に置いたのか。炭疽病の感染の仕組みは当時わかってなかったのかな? 炭疽病は空気感染は基本的に起こらない。それでも何かしらの方法で、ジョージを殺害するつもりなのか、もしかしたら一緒に寝ている母のローズも? 

 

炭疽病の疑いがあることはすでに気づいている者がいることも示されていて、さらに人が死ねば、犯人がピーターだとわかってしまう可能性もかなり高くなる。

設定が、アメリカ最後のカウボーイ時代なので、経済的にもこの一家はこのあと没落していくしかなく、やはりどう見ても明るい結末は待っていそうにない。

 

どこまで知っていて、どこまで知らないのか、無知なのか、自覚的なのかが唯一分からないのがピーターで、自分に対し自覚的にならざるを得なかったフィル、無知・無自覚なジョージ・ローズのどちらにも属していない。それが殺人者である、という設定は上手い。

 

あと、ジョニー・グリーンウッドの音楽がいいですわ~。鬼才ですね。レディオヘッドが終わって久しいですが、アフターレディオヘッドで最も成功しているのが彼かも。余談ですが菊池成孔氏の文章はいくらでも読みたいのですが、音楽はどうもいまひとつ聞ききれないのは何故かな~。

 

というわけで久しぶりに良い作品を見た。万人受けはしないでしょうけど、いい映画です。